妊娠ダイアリー

2019年10月頃に出産することになりそうです。

初めて行った産婦人科のこと

妊娠がわかったら産婦人科を受診しなければならない。当たり前のことだが、私はその「陽性反応」と「受診」の間って結構遠いし、受診も一苦労だなと思った。そういうことをまとめて、今回は子供のことより「実際にどういうことをしたか」に着目してブログを書いてみたい。

まず、病院を探す。

自治体からもらえる「あなたの町の便利帳」的な冊子を見たり「地名 産婦人科」で検索したりすればいいと思う。私は東京在住だが、産婦人科の少なさに驚いた。子宮頚がん検診で行った近くのレディースクリニックの先生が感じのいい人で、そこで診てもらおうと思って調べたら、その病院は「婦人科」で「産婦人科」ではなかった、ということもあった。

私は総合病院にお世話になることにしたが、口コミサイトでは個人のクリニックが最も人気なようだった(そこは「厳しい口調の中に愛がある先生」って感じで、私とは相性がよくない気がした。その口コミがなくても全体的な安心感から総合病院にしていたと思うけど)。ちなみに入試不正がニュースになった大学の病院も近隣にあったけど、そこも絶対嫌だと思った。

次に受診。

予約を取れる医院と取れない医院があり、私が行った総合病院は初診のみ予約不可とのことだった。開院直後に受付を済ませたが、結局1時間半待つことになった。産婦人科には「産」以外の用でかかる人も当然いるわけで、まず渡された問診票に「性交の経験はありますか。」という項目があって戸惑った。「妊娠」的な選択肢に○をつけて受付に渡したら、その場で「陽性反応はいつ出ましたか?」と普通の音量で訊かれたことにもだいぶ戸惑った。私のあとに来た方も訊かれていた(問診票にそれ書く欄を入れてください)。

診察室に通されて医師と対面。すぐに内診室に移動するよう言われる。ちなみに診察室は同伴者も入ってよいが、内診室はだめだと言われた。

内診室には電動の椅子がある。その椅子はリクライニングしたり脚の部分が左右に開いたりして、座っているだけで絵に描いたような「股を開く」姿勢を自動でさせられる機械だ。それに座り、エコーで子宮内の様子を見る。有名な白黒のよくわからない「エコー写真」はこのとき撮る。ドラマなどではおなかに機械をあてて「男の子ですね!」とかやっているけれど、妊娠初期はおなか越しのエコーでは胎児を見つけづらいため、「経膣エコー」という方法を取る。具体的には字面から想像してください。エコーはリアルタイムに映像として見られるため、ほとんどの妊婦は「経膣エコー」中に初めて子供と対面することになるのだと思う。私はエコー器具の方に意識がいきすぎていたため(力むと痛くなったりするから)、その映像を初めて見たときの気持ちは無に近かった。

エコーの時点で胎児の様子は確認できるが、改めて診察室に呼ばれ、「子宮の中に赤ちゃんいますね」と説明される(旦那さんも一緒に来た場合、旦那さんはここで初めて医師の説明を聞けるわけ)。真っ暗な中にひとつだけ白い丸があるエコー写真をもらった。白い丸は赤ちゃんが入っている袋のことで、そのサイズも説明された。写真には「TOSHIBA」とプリントされていた。こういう菌に気をつけてくださいねという話と、初期は流産率が非常に高いこと、その流産は赤ちゃん側の異常が原因で起きてしまうことを淡々と話された。私もそれを淡々と聞いた。

次の健診は赤ちゃんの様子がさらに見やすくなる2、3週間後にしてくださいと言われ、その頃に予約を取って診察室を後にした。

病院によっては尿検査や血液検査、体重測定があると聞いていたが、私が行った病院では内診しかしなかった。尿検査に備えてかなりトイレを我慢していたため、内診のときに漏らしたらどうしようと思い始めて頭がいっぱいになってしまったが、普通に「おしっこがたまっていないほうが赤ちゃんが見えやすいので」と、トイレに行かされて全部解決した。

最後に会計は1万円と少しだった。妊婦健診は保険がきかないのだ(ただし初診料を取られた分、私が払った額は平均より高いんじゃないかと思う。また、保険がきかないといっても、区に「妊娠届」を出したりしたら健診のタダ券が10何枚かもらえて、妊娠が通常の経過をたどればそのチケットで全部まかなえるようにはなっているそうです)。

それにしても診察室で座っている女性にお医者さんが「おめでとうございます。3ヶ月ですよ。」と言うようなシーンは起きる余地がなかった。

それどころか、そういえば「おめでとうございます」とは言われていない。今回の診察では、受精卵が子宮の中に着床したことを確認できただけだ。次に胎児の心臓が動いていることがわかれば「おめでとう」と言ってもらえるのかもしれない。

妊娠初期、無事かどうかわからないおなかの子供と何週間も過ごさなければいけないのは本当にストレスフルで、一日が過ぎるのが信じられないほど遅い。流産になる確率は10〜15%と言われており、その兆候がまったくなくて、エコーで初めて胎児の死を知ることになる人だっている。それってどれだけつらいだろう。でも自分がそうなる可能性もかなり高いのだ。発狂しそうになる。そういうときに、診察室で説明を聞いたときのことを思い出すようにしている。別に思い出しても流産の可能性が減ったりはしないが、「そういうものなんだな」と、一瞬だけでも受け入れられるから。妊娠は根性論とか精神論の近くにある領域の出来事のような予感がなんとなくしていて、だから、淡々と事実を話してくれた医師の言葉や、それを聞いたときのフラットな自分の気持ちは、お守りみたいに持っておきたいと思うのだ。

妊娠判明前夜から初めての受診までの色々

今日、初めて産婦人科に行き、受精卵が子宮に着床したことを確認できた。実は胎児の生死は日数的にまだわからなかったりと先はまだまだ長いが、とりあえず一区切りだ。

たった一週間のことだが、妊娠、初めての経験ばかりだったので、記録がわりに書いておく。

できれば、妊娠がどんなものか想像できなかった過去の自分のような、妊娠を経験したことがない人(男女問わず)に、伝わるように書きたい。平凡かつ、すごく恵まれた妊婦の話だと思います。

■体調について

妊娠の兆候は、生理が遅れたことからしか見出せなかった。ただ、生理が始まるであろう日のあたりから、恒常的に胃がもたれ、下腹部が痛むようになる。その胃もたれは日々存在感を増し、ときに空腹、ときに吐き気に姿を変えるモンスターに成長しつつある。妊娠特有の気持ち悪さというのはなく、悪酔いしたときと同じような感覚。下腹部の鈍痛は日や時間によって増えたり減ったりする。おなかにボーリングの球を載せたような痛みで、特に右側が痛い。これらは体調不良のレギュラー。

5週目に入る頃から眠気と胸の張りもベンチ入りし、それなりの頻度で活躍するようになる。

つらさの感じ方は人それぞれだと思うが、私は、これらはひとつひとつは日常でもありうるつらさで、例えば仕事を休むほどではないと感じた。ただ、ここまで集中して起きると、妊娠を疑わなくても医者にかかりたくなると思う。

■情緒について

妊娠判明の日こそ泣いたりしたが、その後はプラスにもマイナスにもふれず、安定的に安定している。考えられる理由はいくつかあって、まずは体調がそう悪くなく、さらに不安な症状がほとんどないこと。最たるものは出血で、妊娠初期の出血は本当によくあることのようだが、とはいえ量や色次第では流産が差し迫っていることを疑わなければならない。私の場合、その出血が一切ないため、良くも悪くものほほんと過ごしていられる。しかも、ホルモンの影響なのか、頭がぼんやりとしているのだ。

次に、妊娠の希望具合と妊娠したタイミング。「子供は望んではいるけど、いなくてもそれはそれで構わない。いらないというわけではないし、ちょうど子供を迎えられる環境だから妊活をしてもいいかな」くらいの心構えでいたら結構すぐに妊娠することになった。それで、例えば嬉しさのあまり強く不安を感じたり、逆に妊娠に戸惑ってしまったありするようなことがないのかもしれない。

あとは、もともとの気質も関係していると思う。全然いいことじゃないけれど、私はドライとか冷たいとか言われるような性格で、淡々と妊娠のことを受け入れているような気がする。

また妊娠して優しい気持ちになるようなこともなく、今まで通りむかつくことがあれば「ぶっ殺すぞ」みたいなことを心の中で連呼している。ただ、そんな中でも、なぜか涙もろくなった。しかも対象は妊娠とか子供以外のこと。さっぽろ雪まつりのニュースで「大坂なおみ選手がU.S.A.を踊る雪像(市民が制作)」の映像を見て、突然涙がこみあげた。大坂なおみ、全豪がんばったなあ。DA PUMPもこんな風に取り上げられてよかったなあ。そしてこれを作った名もなき誰か、ありがとう。みたいな感情がスパークした。これは妊娠判明前日に起きたことで、自分が自分の妊娠を疑う決定打になった。他の悲しいニュースにもつい泣いてしまうなど、なぜか涙腺だけはだいぶ不安定になった。

■「明日の予定もわからない」ことと「透明人間感」について

いつも胃腸が気持ち悪い。おなかはすいているので何か食べたい。でも、食べたいものがわからない。予定を入れようにも、いつどんな体調になっているか想像がつかない。もしかしたら妊娠がだめになって、落ち込んでいるのかもしれない。でもそこまで落ち込んでいないのかもしれない。明日というか、1時間後の自分がどんな感じなのかわからない。もはや1年後に自分がどういう生活をしているのかなんて、もう、本当に、わからない。

妊娠してからデジモンの世界に飛ばされたみたいだ(アニメの内容は一切知らないため、主題歌でのみ判断)。

社会の流れは妊婦や体調不良者と関係なく進む。電車は時間通りに出発し、東京オリンピックは2020年に開催される。一歩先の未来すらわからない私は、少しずつ社会から取り残され、体が透明になっていくような気がする。ただ、ここで言う「社会」は「社会のすべて」ではなのだと思う。「職業社会」とか「男社会」と呼ばれるような社会からは、私は置いてきぼりになりそうだ。でも、「地域社会」みたいな場所には、いることが許されるのかもしれない。まあ、希望的観測だけど。

■「妊娠業界」について

これを一番書きたい。

何にでも、「業界」がある。マスコミの業界人なら、「俺は芸能人にたくさん友達いるよ〜」と、カーディガンを肩にかけて自慢するおっさんとか。「撮れ高」とか「巻きで」とか「てっぺん」とか。

結婚とか妊娠にも、「業界」があると私は思っている。未経験の者には無縁の経験や、それを表現する独特の言語は、どういう世界にもある。そういうものを「業界用語」と言う。結婚業界にすぐなじんだ人は、妻のことを「嫁さん」とか呼んだりする。妊娠業界にもいろいろある。まず「週」。あれだけ世間では「妊娠何ヶ月」というのに、業界では妊娠の期間を月ではなく週で数える。あとは、「(妊娠検査薬の)陽性」とか「(基礎体温の)高温期の何日目」とか、本当にいろいろ。

私は業界の新参者で、まだ業界人であることに照れがある。

妊娠関係のものをドラッグストアで買うとき、単品で買うことができず、無関係の何かを一緒にレジに持って行ってしまう。検査薬と洗剤。葉酸のサプリとリップグロス。などなど。

使い方が合っているのかわからない用語もある。一般的にも有名な「つわり」だ。いつも気持ち悪いけれど、これを「つわり」と呼んでいいのかわからない。そもそも人によって症状が大きく異なる現象なので、明確な定義がないことも災いしている。体調不良を「つわり」と言い切り、「つわりがつらいなぁ」みたいな会話をするのは、なんだか業界人っぽくて恥ずかしいのだ。そう思う妊婦は結構いるんじゃないかなあ。POSの記録とか見たらおもしろいんじゃないかと思う。

以上、妊娠してから考えたり経験したりしたことを書きつづってみた。個人的な体験ではあるけれど、誰かの参考になったり、共感して安心してもらえるようなことがあったら嬉しいです。

妊娠判明の日のこと

「生理 来そうで来ない」「PMS 妊娠初期症状」みたいな検索ワードで出てきたクオリティの低い記事や憶測まみれのYahoo!知恵袋に辟易しながらも、読みまくらずにはいられない日々を何日か過ごしていた。

子供を持ってもいいかなと思いはじめ、また行動にも移しはじめた矢先のことだ。何日も、生理が来そうで来ない。他に感じるのは、下腹部の鈍い痛みと、上品な胃もたれ。時折、激しい倦怠感に襲われることもあり、会社の休憩時間に散歩に出たときに、もうこのまま家に帰るというか何もかもやめて失踪してしまいたいと半ば本気で思ったりした。ただ、これらは生理前によくある出来事で、たとえば吐き気(いわゆる「つわり」)や微熱、眠気のような、初心者でもはっきりわかりそうな兆候はなかった。それでも、客観的な事実として、生理が数日遅れはじめた。翌日に飲み会を控えた平日、妊娠の可能性もないわけではないのだからと、妊娠検査薬を使うことにした。

検査薬は2本セットで880円。近くの薬局にはそれ以外の選択肢がなかった。「14才の母」には志田未来が検査薬を万引きするシーンがある。それを16才くらいの頃に見た私は、ああいうものは中学生には手が届かない程度の値段、すなわちだいたい1200円くらいするのだろうとなぜか思ってきた。だから1本あたり440円というのは良心的に感じた。今思えば、志田未来が万引きした理由はお金ではなく、妊娠がばれる恐怖だったわけだけれど。私は14才じゃなくて29才で結婚もしているけれど、志田未来の気持ちの一部分はわかるような気がする。検査薬を単体でレジに持って行くのはどうしても恥ずかしくて、適当な洗剤もカゴに入れ、レジでは必要以上にはきはきと会計を済ませた。

自宅でひとり、尿をかけた検査薬を見つめていると、妊娠の判定が出る窓にじわじわと淡い色あいの線が浮かんだ。漫画とかで見るほどはっきりとした線が入ったわけでもなく、まだ何か変わるかもと思いながらさらに見つめたが、その状態が完全に固定された。色が薄いのは、おそらく検査の時期が早いから(本来であれば、生理が来るはずの日から一週間後に調べなさい、と説明書にあった)。濃淡に関わらず、線が出ているのであれば、妊娠は成立しているらしい。「まじかよ」と思った。

「まじかよ」にもいくつか段階と意味があって、まずは純粋な驚き。明確な理由があったわけではないが、自分たちはそう簡単に子供を持てないだろうと思い込んでいた。不妊治療はどこまでするべきか、痛いんだろうか、いつ治療をあきらめて「子供を持たない」と決めようか、というようなことばかりを考えていた。だから、いわゆる妊活を始めたらすぐ妊娠して、なんだか拍子抜けしてしまったのだ。

追って、戸惑い。「どうしても子供がほしい」と思ったことがこれまでなく、子供に対して「いてもいいし、いなくてもいい」適度の熱意でずっと生きてきた。自分の子供とはいえ、会ったこともない人間に会いたがる人の心境がわからないくらいだった。出産可能な年齢で結婚することになったので、「せっかくならば」と妊娠を試みることにしたが、子供を切望するような感情にはならなかった。そういうテンションでいたからなのか、妊娠がわかっても、「泣いて喜ぶ」どころか「嬉しい」とも思わなかった。さらには妊婦さんのブログなどでよく見る「嬉しいと思えず我が子に申し訳ない」といった心境にさえならなかった。嫌とか困るとか妊娠やめたいとかは思わない。でもプラスの感情がわき上がることも、まずはなかった。

とりあえず現実的に考えることにして、近所の産婦人科や現在の週数(妊娠の世界では「妊娠何ヶ月」ではなく「妊娠何週」と言うことが多い。妊娠中の十ヶ月間で母子の様子はどんどん変わっていくので、月単位だと変化を説明しきれないからだ)を調べ、メジャーな妊婦用アプリをインストールした。アプリから、胎児に必ず名前をつけろと指示されたので、「あ」と入力した。

ふと、「予定日っていつくらいになるんだろう」と思った。アプリが出した日にちは初秋のある日で、夫の誕生日の数日後。さらに私の誕生日のひと月ほど前だった。

「うちはみんな秋生まれの家族になるんだな」と思ったと同時に、わっと涙が出た。それは、この十数分間、自分のものだと思っていた「妊娠」というできごとが、生まれてくる子供の人格や、自分たち家族に結びついた瞬間だった。自分が向かおうとしている未来の輪郭がうっすら見えた気がして、プリミティブな感慨が襲ってきて処理できなくなった。あとから、じわじわと嬉しい気持ちが追いかけてきた。

帰ってきた夫に妊娠の報告をしたのは、しばらく泣いたあとに「さすがに社会人の生活に戻らねば」と思って弁当箱を洗い、アプリを見たり著名人の妊娠ブログを読んだりしてだいぶ気持ちが落ち着いた頃だった。妊娠のことを話し合いながら、「昨日までは一度も考えたことがなかったのに、今から死ぬまで、私たちが子供のことを考えない日はもう来ないんだろうな」と思った。妊娠する前から、子供を作るというのは一生取り返しのつかないことをするということなんだぞ、とずっと思ってきた。でも、妊娠してみて、その実感はそこまで重いものではなく、かといって幸せそのものというわけでもなく、まあそうなるわな、なんか不思議だけど、と、自然に受け止められるものだった。そうして眠りに就いた。

翌日の飲み会ではウーロン茶を頼み、カプレーゼを断った。帰り道で葉酸のサプリを買い、また妊娠アプリで「あ」が話すせりふを読んで、眠った。妊娠がわかってから何度か寝たり起きたりしたが、妊娠したことを忘れた瞬間はない。

まださほど「幸せ」とか思わないし、そもそも医者にも行っていないし、無事に妊娠を継続できるかもわからない。陽性だった検査薬と腹痛と、一向に始まらない生理しか、妊娠を感じられる材料がない。それでもこのできごとを残しておきたくて書いた。妊娠が判明したという、それだけのことだが、私には怒濤の経験だった。この先、秋生まれの「あ」に会えたら本当に嬉しいし、会えなかったとしても「あ」との邂逅を忘れることはないだろう。いつか、あの日に見えた未来にたどり着けたらいいなと今は思っている。